May 30, 2009

soul


こんなコラムを読み、soulの意味と、現状の私にのしかかることを深い意味のあるものと捉え、少しずつゆっくりを目指しています。 紆余曲折のあった、ある私を見守り支えてくださる方々へ改めて感謝しています。 

''誰もが問題の無い人生を送りたいと願っています。
経済的にも人間関係でも大きく否定的な事がないときには、平穏で悩むことがなく、幸せな暮らしだと考えるものです。しかし、これは表面的な幸福感でしかありません。
その幸福は外側の状況で支えられていて、ひとたび病気や事故、人との別れなど何か問題が生じると崩れてしまう幸福です。
この世に起きる否定的な現実を味わいたいと思う人はいません。誰もが避けて通ろうとします。他の人達が直面している否定的な出来事を共感するだけで、苦しさを感じ涙を流す人が多いものです。
自分の現実にある幸福な心境を壊したくないという反応から、無意識にこの世の否定的な現実を見ないようにしてしまうこともあります。

人生を本当に深く考えることができる人は、この世で苦労することや悲惨な現実を体験してきた人です。否定的な暗い体験から様々なことがみえてきます。どのように生きるべきなのか、何を目的に生きればいいのか、途方に暮れたとき、内側にあった欲望は絶望に変わり、マインドの中はリセットされたように空っぽになります。
この状態にならなければ、人生の深い意味を考えようとはしません。喜びや心地よい生活だけを考えていたなら、欲望が増大していくだけになります。
普通に生きる生活は、地球上にいる他の生き物と同じように、ただ生き延びるだけの暮らしになります。人間は生命を維持するだけの生き方では、完全に幸福にはなれません。この地球上の生き物の中で、人間だけが理解することの出来る特別なものを与えられています。
魂というものを理解し、なぜ生まれてくるのか、何を目的に生きるべきなのかを考えることができます。この答えを知ることなしに、完全に平和な心にはなれません。
買い物癖や暴食、酒などの依存症というものも、精神の奥深くでは満足していない自分がいる証拠でもあります。
実生活が平和で問題が無く、人生を深く考えさせてくれる機会を与えられていない人もいるでしょう。自分自身に否定的な出来事が起きていなくても、地球上のいたるところで問題は起きていて、多くの人々が苦しんでいます。
そいした否定的な見たくないような暗い現実を感じることで、生きる目的とは何かを考えるきっかけになります。仏陀が王国の外で人々の苦難を見たことが、探求するきっかけとなり、出家する道を選んだのですから、どんなに幸福に見える暮らしであっても、それ以上の何かを得る必要があるということが分かります。''